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『空をかついで』を読んで 

昨日、石垣りんさんの『空をかついで』という本を読みました。





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内容(「MARC」データベースより)
自分の住むところには 自分で表札を出すにかぎる-。自らの精神の自由さを気高くうたいあげる「表札」をはじめ、日常的な景色の切れはしから、人間が生きてゆくことを描き出す詩集。
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あまり、詩集というものを読んだことがなくて「どうかな?」と思いつつ読んでみたら...すごくよかったです。
「よかったです」とはありきたりですが、なんというか、心が動きました。
同じ日本語なのに、どうしてこんなに胸にしみてくるんだろうか、と不思議に思いました。
そして、少し心が不安になった感じです。

たくさん心に残った詩がありましたが、特に心に響いたのが「儀式」と「挨拶」という詩でした。

「儀式」という詩は、母親の役割は『パッケージされた肉の片々を材料と呼び 料理は愛情です、などとやさしく諭すまえに』丸ごと一匹の魚の頭を包丁でブスリと落とし、『その骨の手応えを 血のぬめりを』伝えることだ、というような内容でした。

私は好き嫌いはなく、なんでも食べます。牛肉も鶏肉も豚肉も魚も...。料理もなんとかできます。けど、生きて動いている鶏をしめることはできません。
食事のありがたさはわかっているつもりでも、実感としてはわかってないのかもしれません。

「挨拶」という詩は、副題として「原爆の写真によせて」とあります。
原爆の写真の焼け爛れた顔...。今平和な時代をすごしている私たちにはすでに過去のものとなっている。けれど、今現在も核の危険は無くなった訳ではなくすぐ隣にある。こういう「怖さ」を教えてくれた詩でした。
『1945年8月6日の朝 一瞬にして死んだ二十五万人の人すべて いま在る あなたの如く 私の如く やすらかに 美しく 油断していた。』
詩の最後のこの文に、背中が寒くなる思いをしました。

※『 』内は本文を抜粋しました。

コメント

食物連鎖

人間は自然界の食物連鎖の中には入れないと中学の理科の時間に習ったような。。。
人間は食物連鎖の頂点にいるのではないと。

私も鶏を絞めたことはないけど、見たことはあります。
幼稚園の頃に祖父が家の鶏を絞めてたのをたまたま見ました。
あの時のショックは今でも覚えています。
魚釣りに行っても、鯵などは絞めはしないけど氷付けにして持ち帰ります。
さすがに無駄にしようとは思いませんね。ありがたくいただきます。娘もそれはわかっているようです。

子供に「お母さん、料理をしてくれてありがとう」と教えるのも大切だけど、それより前に自分は色んな「生」の犠牲の上に生きることができてるんだって教えることも大切なのかもしれませんね。

Re:食物連鎖

鶏を絞めるのを見たことあるんやねぇ。

私は豚の解体をテレビで見たことがあるだけ。知識だけです...。

実際に鶏を絞めてみせるのは、私にはできないけれど、せめて言葉で伝えてみたいなと思います。

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